ARTIST
上原欽二
1915 – 2001日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 上原欽二の生涯 1915–2001
上原欽二(1915–2001)は、主に愛知県の岡崎・刈谷や中部地方で活動した洋画家。岡崎市の連尺町に生まれ、教員を志して1935年に愛知県岡崎師範学校を出て、長く学校教員を務め、1945年から刈谷高等女学校(現・刈谷北高校)で教え、71年からは岡崎女子短期大学の教授も務めた。1943年、第21回春陽展と新文展に同時入選してデビューし、新文展では岡田賞を受けた。1946年の第23回春陽展で春陽会賞を受けた。官展の文展とは別に1922年に興った洋画団体・春陽会の中核となり、1949年にはその中部支部の設立に加わって、同地方の洋画界を主導した。1963年に個展を開いた。1973年には、写実的な風景画への信条を映して写実画壇の創立に参加した。画題は風景が中心で、『ひまわり』の連作や、琵琶湖の情景を描いた『葦』の連作がある。刈谷市美術館が作品を所蔵し、約20点をまとめて展示したこともある。2001年に没した。
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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