ArtNote/作家/五姓田芳柳, 二世
ARTIST

五姓田芳柳, 二世

1864 – 1943日本 出身東京 / 茨城(下総国) / ロンドン
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■ 五姓田芳柳, 二世の生涯 1864–1943

五姓田芳柳(二世、1864-1943)は下総国(現・茨城県)に大工の子として生まれ、本名は倉持子之吉。1878年に上京して五姓田義松の画塾に入り、同年工部美術学校の外国人教師アントニオ・フォンタネージにも師事した。1880年に初代五姓田芳柳の娘婿となり画号を継承。1889年、日本初の洋画団体・明治美術会の創立に参加し、1900年パリ万博で受賞。1910年には農商務省嘱託として渡英し、日英博覧会でジオラマ「日本古代より現代に至る風俗変遷図」を制作して名誉褒状を受けた。歴史画・肖像画・パノラマ画など幅広い作域で知られ、後年は聖徳記念絵画館壁画の下絵制作にも関わった。1943年に東京の自宅で死去。

美術運動

明治美術会(洋画)
明治~昭和初期

1889年創立の日本初の洋画団体・明治美術会の創立会員の一人。歴史画・パノラマ画・ジオラマなど、伝統的な日本画の技法と西洋画の写実を融合させた作風で知られる。

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作品例

日本古代より現代に至る風俗変遷図(日英博覧会ジオラマ)
聖徳記念絵画館壁画下絵
北清事変パノラマ画
津田梅子肖像
洋画(油彩)パノラマ画ジオラマ歴史画・肖像画

五姓田芳柳, 二世から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
五姓田芳柳(初代)
1827–1892
岳父・養父で画号の由来
五姓田義松
1855–1915
義理の兄で最初の師

同時代の作家

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