ARTIST
佐藤昌胤
1907 – 1970日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 佐藤昌胤の生涯 1907–1970
佐藤昌胤(1907–1970)は三重県桑名郡長島(現・桑名市)生まれの油彩画家。東京の川端画学校で洋画を学び、坂宮一年の指導を受けたと伝わる。1928年、『晩秋の丘』が官展の帝展に入選し、初期の画歴の節目となった。1930年から、1922年に小杉未醒・山本鼎・森田恒友や岸田劉生の草土社ゆかりの作家らが、官の審査の外での芸術の自由を掲げて興した在野の団体・春陽会に継続して出品し、1948年に春陽会の準会員に推された。とりわけ、郷里の長島を壊滅させた日本屈指の災害・1959年の伊勢湾台風を描いた連作でよく知られる。制作のかたわら地域の公共にも関わり、長島町議会の議員を務めた。画歴の多くを郷里・長島に置き、三重・東海の地域の美術界で活動しつつ、東京の春陽会とのつながりを保った。1970年に没した。長島の旧宅はのちに保存されて地域の施設『またぎ茶屋』となり、彼が育てた椿や旧長島城の石で組んだ枯山水を今に伝える。資料は日本の郷土史・三重の文化の資料に偏る。
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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