ArtNote/作家/内海柳子
ARTIST

内海柳子

1921 – 日本 出身日本
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■ 内海柳子の生涯 1921–(没年不明)

内海柳子(1921年生まれ)は銅版画(エッチング)を専門とする版画家。大阪・堂島に生まれ、1941年に関西女子美術専門学校の西洋画科を卒業して油彩の発表を始めた。戦後は大阪市立美術館とその美術研究所に関わった。1954年頃、デモクラート美術家協会の会員だった泉茂のアトリエを訪ねたことが銅版画への関心のきっかけとなり、1955年に同協会へ加わって、池田満寿夫や吉原英雄らとともに制作した。1957年のデモクラート解散後、初個展を開き、白黒の象徴的な画面を深めた。1971年、50代でフランスへ渡り、パリのアトリエ17でイギリスの版画家スタンリー・ウィリアム・ヘイターの指導のもと多色刷りの技法を学んで、作を色彩へと広げたと伝わる。1977年に大阪・堺に自らの銅版画の工房『版画80』を開き、多くの門下を育ててこの媒体の普及に努めた。1991年に長野県へ移り、ともに作家である娘や孫と展示したと伝わる。2022年に町田市立国際版画美術館で『内海柳子とデモクラート美術家協会の作家たち』展が開かれた。没年は確認できない。

内海柳子から広がる系譜

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