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写真芸術社

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写真芸術社(歴史的には冩眞藝術社)は個人ではなく、1921年に、写真家で資生堂の創業に関わった福原信三(1883–1948)が東京で興した、芸術写真のための出版・啓発の組織。これを通じて福原は雑誌『写真芸術(冩眞藝術)』を創刊し、1920年代初めの日本における写真の理論・批評の主要な舞台とした。誌上で福原は、影響力の大きい美学『光とその階調』を説き、絵画の模倣(ピクトリアリズム)ではなく、写真そのものの光学的・階調的な性質に根ざした写真芸術を主張して、一世代の日本の芸術写真家に影響を与えた。この組織と雑誌は、大正期の『芸術写真』運動の一翼だった。同じ年に大阪で、上田竹翁(太田竹雄)が息子や写真家・不動健治とともに、ほぼ同名の別の団体・芸術写真社を独立に興しており、名の類似から混同されることがある。写真芸術社の活動は1923年9月の関東大震災で中断し、福原はその後、組織づくりの努力を1924年の日本写真会の設立へと向け、その初代会長となった。組織であり、生没の意味での生没年は該当せず、1921年は設立、1923年頃は独立した活動のおおよその終わりである。

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