ArtNote/作家/加藤大道
ARTIST

加藤大道

1896 – 1965日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 加藤大道の生涯 1896–1965

加藤大道(1896–1965)は、主に長野県の信州で活動した木版画家・南画家。1896年9月1日、北アルプスのふもとの安曇村橋場(現・松本市安曇)に生まれ、本名は浅野健一郎、1912年に加藤家の養子となった。1918年に松本の南画家・赤羽雪邦に住み込みで入門し、1925年に画号『雪之深き』、27年に『大道』を名乗った。1921年頃、師の勧めで南画をさらに学ぶため中国へ渡ったと伝わる。1933年に日本アルプスを描く美術団体を興し、37年には木版画の頒布のための会を作った。1941年に右目の視力を失ったが制作を続けた。1957年に松本市中心部へ移り、65年に没した。生涯を、上高地や槍・穂高の峰々、山案内人の嘉門次、山村の家族や子どもたちの暮らしといった、郷里・安曇/信州の風景を彫り摺ることに捧げ、南画の筆意を木版に融合した。最もよく記録される作は、長崎の医師で被爆者の永井隆が原画を寄せ、それを加藤が版にした共同の連作『原子野の花』で、予定の50図のうち、1951年の永井の死までに13図が完成した。版画は東京国立近代美術館や長崎の永井隆記念館に収蔵されている。全国の大団体ではなく地方(信州)の版画家として知られ、展歴・受賞の詳しい記録は乏しい。

作品例

原子野の花
木版画版画南画
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