ARTIST
多々羅義雄
1894 – 1968日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 多々羅義雄の生涯 1894–1968
多々羅義雄(1894–1968)は福岡県の能古島生まれの洋画家。絵好きの少年で、まず佐賀の中学の美術教師に油絵を学び、1910年に同じく佐賀で活動していたロマン派の画家・青木繁の指導を受けたことが洋画へ進む契機となった。1911年に上京して満谷国四郎に学び、太平洋画会研究所で研鑽した。1913年の第7回文展に『南の海』で初入選し、以後、文展・帝展に出品を重ね、第9回文展の『海岸の山』で褒状、第12回文展の『上総の海岸』で特選を受け、第11回帝展から無鑑査となった。1921年頃から約4年間、太平洋美術学校で教え、50年に太平洋画会の代表、54年には耕漁会を創立して晩年に会長を務めた。1966年に文部大臣奨励賞を受けた。
作品例
南の海
上総の海岸
油彩洋画
多々羅義雄から広がる系譜
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