ARTIST
寺畑助之丞
1892 – 1970日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 寺畑助之丞の生涯 1892–1970
寺畑助之丞(1892–1970)は富山県高岡生まれの彫刻家。1918年に東京美術学校彫刻科を卒業した。1920年に朝鮮総督府の技師となり、京城(ソウル)の新総督府庁舎の建築彫刻を担当した。以後、第2〜4回朝鮮美術展覧会(鮮展)の評議員・審査員、第5回の参与審査員を務めた。大正末からは東京高等工芸学校で工芸的な彫刻を教え、のちに同校や東京工業専門学校の教授となった。近代的な集団・構造社の彫刻家として活動し、1935〜36年に会員とともに新構造社へ移って彫刻工芸部の代表となり、36年には官展・文展の第三部(工芸)で無鑑査となった。興亜造形文化連盟の常務理事や日本彫塑家クラブの理事、愛知県常滑の陶磁研究所長なども務めた。代表作に『母と子』がある。1970年に没した。
作品例
母と子
彫刻
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