ARTIST
山本敬輔
1911 – 1963日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 山本敬輔の生涯 1911–1963
山本敬輔(1911–1963)は兵庫県姫路生まれの洋画家。姫路城主に代々仕えた侍医の家に生まれ、はじめ外科医を志して姫路高校に入ったが、1929年頃に中退し、彫刻家・藤川勇造の支援を得て上京、絵を志した。1934年に『狂態』が第21回二科展に入選してデビューした。日本にシュルレアリスムが広まった時期に前衛集団・黒組に加わり、齋藤義重・廣幡憲とともに絶対象派を結成した。作風は抽象へ移り、『抽象-A』からモンドリアン風の幾何学的様式へと進んだ。1938年10月には、峯岸義一・吉原治良・山口長男・廣幡憲らと、二科展の第九室に出品する前衛画家の研究団体・九室会を組織した。戦後の1945年に改組二科会の会員となり、48年の第33回二科展で三部作『広島』により二科会会員賞を受けた。1963年に51歳で没した。
美術運動
抽象
1930年代以降
具体的な形を離れ、色や幾何学的な形そのもので構成する絵画。
作品例
狂態
広島
油彩洋画抽象
山本敬輔から広がる系譜
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