ArtNote/作家/山本讃七郎
ARTIST

山本讃七郎

1855 – 1943日本 出身岡山 / 東京 / 北京(中国)
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■ 山本讃七郎の生涯 1855–1943

山本讃七郎(やまもと さんしちろう、1855-1943)は明治から昭和期に活躍した写真家。備中国川上郡(現・岡山県井原市)出身。1871年頃に上京し、横山松三郎の弟子であった中島待乳のもとで写真術を学び、東京・新橋に写真館を開業したのち、清国(中国)に渡って北京・王府井に写真館「山本照像館」を開設した。1904年には西太后(清・光緒帝の母)の招きで頤和園にて肖像写真を撮影し、世界的にも知られる西太后の写真を残した人物として知られる。1906年には関野貞らによる中国古建築・史跡調査に写真師として参加し、中国各地の寺院・石窟・宮殿・古跡等の記録撮影を行った。辛亥革命後の1911年頃に帰国し、1943年に死去した。

作品例

西太后肖像写真
北京名勝写真
中国古建築調査写真
写真

山本讃七郎から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
中島待乳
1850–1938
関野貞
1868–1935
共同調査者

同時代の作家

中島待乳
1850–1938
師にあたる写真家
横山松三郎
1838–1884
中島待乳の師であり、山本の師系にあたる写真家・洋画家
関野貞
1868–1935
中国古建築調査を共に行った建築史学者
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