ArtNote/作家/山村耕花
ARTIST

山村耕花

Yamamura Kōka
1885 – 1942日本 出身東京(品川) / 京都・大阪等取材地
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■ 山村耕花の生涯 1885–1942

山村耕花(やまむらこうか、1885-1942)は明治末期から昭和前期にかけて活動した日本画家・浮世絵師・版画家。本名は豊成。東京・品川出身。初め尾形月耕に師事し、後に東京美術学校日本画選科を卒業した。1907年の第1回文展に「荼毘」で初入選、1910年の第4回文展では「大宮人」が褒状を受けた。1914年以降は再興院展に出品し、日本美術院同人となる。1916年に渡辺庄三郎の版画店から役者絵の新版画を発表し、以後多くの役者絵・美人画を手掛けて新版画の代表的絵師の一人となった。1935年に多摩美術大学教授。晩年は戦争画も制作し、1940年に南支戦線に従軍した。1942年1月25日死去、享年57。

美術運動

新版画
大正〜昭和初期

版画商・渡辺庄三郎の下で発展した近代版画運動で、伝統的な浮世絵の技法に写実性や近代的感覚を融合させた役者絵・美人画を特色とする。山村耕花は役者絵の名手として知られた。

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作品例

大宮人
業火と寂光の都
十一代目片岡仁左衛門の大星由良之助
荼毘
日本画浮世絵・新版画(役者絵・美人画)版画戦争画

山村耕花から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
尾形月耕
1859–1920
師(初め尾形月耕に師事)
渡辺庄三郎
1885–1962
版画商・出版者(1916年以降、耕花の役者絵新版画を多数出版)

同時代の作家

伊東深水
1898–1972
同時代の新版画・美人画の画家、版画商渡辺庄三郎の下で活躍
鳥居言人
1900–1976
渡辺版画店で美人画版画を手掛けた同時代の絵師
小早川清
1896–1948
渡辺庄三郎のもとで新版画美人画を制作した同時代の画家
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