ARTIST
島内松南
1881 – 1962日本 出身日本
1800185719131970現在
■ 島内松南の生涯 1881–1962
島内松南(1881–1962)は明治14年、高知県野市村(現・香南市野市町)に生まれた日本画家。本名は島内謙三。初めの号は豊村、のちに松南(別号・寛栄)と改めた。若くして種田鳳水に花鳥画を学び、のちに柳本素石に狩野派の技を修めた。1901年(明治34)に上京し、二人の代表的な日本画家・橋本雅邦と梶田半古に学んで、都の主流の画壇で腕を磨いた。官展の文展に出品して三等賞を受け、日本画家として名を築いた。1907年(明治40)には同郷の高知出身の画家・石川寅治・山岡米華とともに土陽美術会を興し、これはのちに高知の実業界の支援を得て重要な地域の美術団体へと育った。1922年(大正11)ごろ郷里の高知に戻り、地域色の強い作を制作し、高知県美術展の審査員を務めて、後年は郷里の若い作家の育成に力を注いだ。1950年(昭和25)に地域の美術への貢献で高知県文化賞を受けた。1962年(昭和37)に81歳で没した。知られる作に掛軸の「養老孝子図」「軍鶏」や、第3回文展に出した「施身聞偈」がある。情報は主に画商の伝記のページや索引に依り、美術館の図録ではないため、正確な年や師の名など一部は資料により少し揺れる。
作品例
養老孝子図
軍鶏
施身聞偈
日本画
島内松南から広がる系譜
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