ARTIST
川出柴太郎
1856 – 1921日本 出身名古屋 / 愛知
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■ 川出柴太郎の生涯 1856–1921
川出柴太郎(1856-1921)は明治から大正期にかけて活躍した日本の七宝(しっぽう、cloisonné enamel)工芸家。名古屋の安藤七宝店(安藤重兵衛創業、現・安藤七宝店)において30年以上の経験を積み、1902年に工房の統括者に就任した。服部太三郎とともに、釉薬を層状に盛り上げて立体感を出す「盛上七宝」技法を開発し、また1902年には日本人として初めて金属地を打ち出して立体的な浮彫効果を得る「打出」技法を七宝に応用したとされる。虹色の釉薬効果を生む「流し釉」も考案した。1893年シカゴ万国博覧会、1904年セントルイス万国博覧会、1905年リエージュ万国博覧会、1910年日英博覧会などに出品し、1915年サンフランシスコ・パナマ太平洋万国博覧会では金賞を受賞した。並河靖之・並河宗介・林小傳治とともに「四大七宝作家」の一人と称される。皇室御用達の七宝作品も手掛けた。
美術運動
明治期の輸出七宝工芸(安藤七宝店)
明治~大正期
明治期、海外輸出向けに発展した日本の七宝(しっぽう)工芸の一潮流。安藤七宝店(安藤重兵衛創業)を拠点に、並河靖之・並河宗介・林小傳治らと並び「四大七宝作家」と称される技術革新の時代を築いた。
川出柴太郎から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
安
安藤重兵衛
安藤七宝店創業者・雇用主
服
服部太三郎
盛上七宝技法の共同開発者
同時代の作家
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