ARTIST
川村信雄
Kawamura Nobuo
1892 – 1968日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 川村信雄の生涯 1892–1968
川村信雄(1892–1968)は熊本市生まれの洋画家。幼くして上京し、富士見小学校、開成中学に学ぶが病で中退した。1908年に太平洋画会の研究所に入って洋画を学んだ。1912年、20歳のとき、斎藤与里・高村光太郎・岸田劉生らと前衛集団・フュウザン会の結成に加わった。同会は日本の初期のフォーヴ/後期印象派系の重要な展覧会団体で、二回の展覧会ののち1913年に解散した。この頃、川上凉花・岸田劉生・鈴木金平らと同人誌『巷子』を自宅から約150号刊行した。1916年頃に横浜へ移り、19年の横浜美術協会の創立に加わった。1925年に横浜・久保町に私塾『川村画塾』を開き、戦前の横浜で唯一といわれた画塾として、高梨潔・兵藤和男・島田章三ら5,000人を超える門下を育てた。1968年に没した。
川村信雄から広がる系譜
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