ARTIST
幸松春浦
1897 – 1962日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 幸松春浦の生涯 1897–1962
幸松春浦(本名・猪六、1897–1962)は大分市生まれの南画家。酢の醸造を営む家に生まれた。郷里ではじめ佐久間竹魯・秦米洋に南画を学んだ。1916年、19歳で大阪へ出て姫島竹外に学び、のち京都で水田竹圃が率いる研究会・菁莪会に加わった。1920年に帝展へ初入選し、21年からは瀧和亭・細木原青起らが興した日本南画院の展覧会に出品、のちに同院の会員となり、1936年頃の解散までのすべての展覧会に出品した。帝展では第7回(1926年)・第8回(1927年)で特選を受けた。以後も主に官展を舞台に活動し、戦後は日展に出品した。現存する作品は多くなく、主に初期から中期のものが残り、古典的な南画の技法に根ざした写実的な作風で知られる。戦後の活動については資料が限られている。
美術運動
南画
大正〜昭和
中国の文人画に学んだ、詩情ある山水などを描く日本画の伝統的様式。
幸松春浦から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
姫
水
姫島竹外
師事した南画家
水田竹圃
研究会で学んだ南画家
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