ArtNote/作家/後藤敬一郎
ARTIST

後藤敬一郎

1918 – 2004日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 後藤敬一郎の生涯 1918–2004

後藤敬一郎(1918–2004)は名古屋を拠点に、戦前から戦後にかけて同市の前衛写真の指導的存在として活動した写真家。日本のシュルレアリスムの拠点だった戦前の名古屋で、名古屋フォトアバンギャルドの圏に連なり、従来の絵画的・記録的な写真ではなく、抽象化した物や見慣れぬ風景の像を好む、シュルレアリスムの美意識を色濃く映す作を作った。戦後まもない1947年、名古屋の写真家・山本悍右・高田敏義・服部義文らとともに、名古屋の戦前の実験的な写真文化を甦らせる前衛写真のグループ「VIVI(ヴィヴィ)」を興した。同じ頃、批評家で詩人の瀧口修造を中心とし、オットー・シュタイナートに連なる国際的な「主観主義写真(ズブイェクティーヴェ・フォトグラフィー)」の潮流と並行する日本主観主義写真連盟にも連なり、名古屋の盟友・山本悍右と活動した。1950年代を通じてシュルレアリスム的な主観の写真を作り、青柳グループの四代目の会長も務めたと記録される。1947年の作「メモランダム」はニューヨークのメトロポリタン美術館の写真の収蔵にある。2004年の没後、「後藤敬一郎 主観主義写真の中で」(東京・Studio35分、2018年)などの展覧会で、ネガから新たに刷った未発表作とともに再評価され、名古屋の前衛写真史の調査展にも取り上げられた。写真活動を超える生地・学歴・家庭などの伝記は資料に乏しい。

美術運動

VIVI
戦後

名古屋の前衛写真のグループ

作品例

メモランダム
写真
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