ArtNote/作家/御厨純一
ARTIST

御厨純一

1887 – 1948日本 出身日本 / フランス
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■ 御厨純一の生涯 1887–1948

御厨純一は1887年、佐賀県佐賀市に生まれ、1948年(2月7日と伝わる)に東京・文京区の自宅で62歳で没した洋画家。佐賀中学を出て上京し、はじめ白馬会の菊坂研究所で長原孝太郎に西洋画を学んだのち、東京美術学校の西洋画科に入り、1910年代前半に卒業した。卒業制作は同校に買い上げられた。1915年に同窓の仲間と絵画のグループ「四十年社」を組織した。1920年代半ばに渡欧し、パリのサロン・ドートンヌやサロン・ナショナル・デ・ボザールに出品して帰国した。1929年(1928年とする資料もある)に、青山熊治・堅田得郎らとともに第一美術協会の創立会員となり、以後同会に出品して活動した。1937年に海軍省の委嘱を受けて海洋美術協会に加わり、以後は海軍に連なる従軍画家として、1930年代後半から第二次大戦を通じて数多くの戦争記録画を制作した。作は「海軍美術」(1942年)などの戦時の刊行物や、靖国神社の祭に編まれた「靖国の絵巻」の連作に現れる。卒業・渡欧の正確な年は資料により少し揺れ、1948年の没までの戦後の活動の情報は限られる。

美術運動

第一美術協会
昭和

1929年ごろ創立された日本の洋画団体

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