ArtNote/作家/新家孝正
ARTIST

新家孝正

1857 – 1922日本 出身東京 / 京都
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■ 新家孝正の生涯 1857–1922

新家孝正(にいのみ たかまさ、1857-1922)は明治期の建築家。江戸に生まれ、旧名は彦太郎。沼津兵学校に学んだ後、上京して工部大学校造家学科第4期生として入学、1882年に卒業した。同校ではジョサイア・コンドルに建築を学んだ世代にあたる。卒業後は工部省技手として宮内省に奉職し、皇居御造営事務局技手として宮内省関連庁舎の設計に従事、1886年に逓信省へ移り、1887年に日本土木会社(現・大成建設)に入社した。同社解散後の1893年からは自営で設計活動を行った。代表作に華族女学校、農商務省庁舎、学習院、山縣有朋別邸無鄰菴、上野動物園旧正門などがある。工部大学校で建築教育を受けた最初期世代の一人として、明治日本の近代建築の形成に寄与した。

美術運動

工部大学校造家学科出身建築家(コンドル門下世代)
明治時代

ジョサイア・コンドルが教鞭をとった工部大学校造家学科の初期卒業生を中心とする、日本の近代建築を担った世代。

作品例

華族女学校
農商務省庁舎
学習院
無鄰菴(山縣有朋別邸)
上野動物園旧正門
建築設計洋風建築

新家孝正から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
ジョサイア・コンドル
1852–1920
工部大学校での指導教師

同時代の作家

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