ARTIST
日本写真会
日本 出身日本
日本写真会は、1889年(明治22)に興った東京の先駆的な写真の団体で、日本初の本格的な写真の会とされる。はじめはアマチュア写真家のクラブとして始まったが、まもなく職業写真家も加わった。五十六名の創立会員のうち二十四名は日本在住の外国人で、なかでもスコットランドの技師W・K・バートンが幹事を務め、西洋の写真の技法・理論の紹介に大きな役を果たした。日本人の創立会員には、東京の富裕な酒商でアマチュア写真家の鹿島清兵衛がおり、会の主たる資金の後ろ盾となった。会は、技法・美学の批評の会、肖像・人物の撮影会、会員のプリントの公開展など、当時のカメラクラブらしい活動を行った。会に連なる写真は、日本の最も早い専門の写真雑誌の一つ「写真新報」を通じて広まり、同誌は会員の作と写真論の発表の場となった。会は、主たる後ろ盾の鹿島清兵衛が経済的に破綻して支えられなくなった1896年ごろの後まもなく活動をやめたとみられる。会員と活動の一部は、鹿島も創立の副会長として関わった、1893年に興った大日本写真品評会などの後継の団体に引き継がれた。なお、1924年に福原信三(資生堂社長)が弟・福原路草や写真家・小川一真らと東京で興した同名の別の団体は、今日も資生堂の銀座に本拠を置いて続く別の組織である。団体であるため個人の生没はなく、記す年(1889〜1896年ごろ)は会の結成とおおよその解散を指す。
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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