ArtNote/作家/星野空外
ARTIST

星野空外

1888 – 1973日本 出身日本
1800185719131970現在
■ 星野空外の生涯 1888–1973

星野空外(本名・星野万次郎)は、京都・伏見の京町あたりに1888年に生まれ、1973年に没した日本画家・俳画家。1906年に京都市立美術工芸学校の絵画科を出て、京都市立絵画専門学校に進み、京都画壇の大家・竹内栖鳳に学んで、上村松園・西山翠嶂らを輩出した栖鳳の竹杖会の圏に連なった。桃華会にも連なった。早くから才を示し、1908年(第2回文展)に「春の山」で官展の文展に初入選し、1910年の第4回文展にも「青き柿と白きあひる」で入選した。以後、文展とその後身の帝展を主な場に出品を続け、山水・花鳥を中心とする本流の京都日本画の伝統のなかで制作した。絵と併せて俳句にも長じ、1904年ごろから俳人・中川四明に俳句を学び、二つを結んだ数多くの俳画を作った。1941年には日本俳画協会の創立会員に名を連ね、日本画の画歴と併せて俳画の分野への息の長い関わりを映す。東京国立近代美術館(MOMAT)の収蔵品データベースにも作家として記録される。空外の情報の多くが二次的な美術市場・人名事典の資料に依り、まとまった学術・図録の記録ではないため、出品歴や後年の経歴の一部は記録が薄い。

作品例

春の山
青き柿と白きあひる
日本画俳画

星野空外から広がる系譜

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