ArtNote/作家/本庄光郎
ARTIST

本庄光郎

1907 – 1995日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 本庄光郎の生涯 1907–1995

本庄光郎(1907–1995)は大阪府生まれの写真家。戦前の関西を代表するアマチュア写真の団体の一つ・浪華写真倶楽部で活動し、1930年代の日本のシュルレアリスム・前衛写真の運動と深く結びついた。ヨーロッパのシュルレアリスムに強く影響され(1937年に日本で開かれた「海外超現実主義作品展」に接したのを機と伝わる)、ソラリゼーション風の高コントラストの処理を含む暗室・印画の技を広く試み、前衛的な形の効果を探る裸体の習作を数多く作った。1937年、高コントラストの作「光る曲線」が浪華写真倶楽部の展で推薦賞を受けた。同年、平尾好七ら倶楽部の仲間とともに、フォトモンタージュ・フォトグラム・ソラリゼーションなどの技を国際的なシュルレアリスムと呼応して追う、関西に生まれた小さな実験写真の集まりの一つ「アバンギャルド造影集団」の結成を助けた。1945年の大阪の空襲でアトリエを失い、ネガと原プリントの大半を失った。これは戦前日本の前衛写真の資料の多くが共有する運命でもある。戦後は兵庫県西宮市に移って暮らし続けた。1995年に没した。原資料の多くを戦争で失ったため現存作は少なく、戦後の経歴の詳しい記録もアクセスできる資料では乏しい。

美術運動

前衛写真
1930年代

シュルレアリスムに連なる関西の実験写真

作品例

光る曲線
写真
本庄光郎の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する