ArtNote/作家/柿内青葉
ARTIST

柿内青葉

1892 – 1982日本 出身日本
1800185719131970現在
■ 柿内青葉の生涯 1892–1982

柿内青葉(本名・慶子)は明治末から昭和にかけて活動した日本画家で、主に美人画の分野で制作した女性の作家。1892年7月、東京に生まれ、1982年に没した。女子美術学校(現・女子美術大学)に学び、1910年に日本画の高等科を修めた。同年から名高い美人画の大家・鏑木清方に師事し、清方の圏に連なる巽画会の展にも出品した。1917年に母校の講師に任ぜられ、約五年にわたり後進を教え、同窓の卒業生とともに女性作家の絵画のグループ・青樭会(あおがきかい)の結成に加わった。のちに教職を退いて自らの制作に専念し、同世代の多くの美人画家と同じく、生計のためにかなりの割合で雑誌の挿絵の仕事を担った。最もよく知られる作「十六の春」(1925年)は、桃の木の前ではにかむ若い女性を描き、帝展に出品されて翌年に東京朝日新聞のカレンダーの付録に複製され、広く世に知られた。1932年ごろ健康を損ね、医師に絵を控えるよう勧められ、戦時には兄の家に近い静岡県沼津に移って、後半生の多くをそこで暮らした。作は女子美術大学美術館の収蔵にあり、同館は回顧展も開いてきた。

作品例

十六の春
日本画イラストレーション

柿内青葉から広がる系譜

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