ARTIST
梶喜一
1904 – 1980日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 梶喜一の生涯 1904–1980
梶喜一(1904–1980)は京都生まれの日本画家。16歳で都路華香に日本画を学び、あわせて関西美術院の洋画研究にも通った。1924年に京都市立絵画専門学校へ入り、27年に卒業、35年に研究科を修了した。1936年に師の都路華香が没した後、西村五雲が率いる画塾・晨鳥社へ移った。1937年に日中戦争で召集されて中国北部で戦い、39年に帰国して、西村五雲の没後は山口華楊が率いる晨鳥社に復した。とりわけ、強さや忍耐を象徴する古くからの画題である鯉を描くことで知られた。1953年の第9回日展で『鯉』により白寿賞、67年の第10回日展でも同賞を受けた。数十年にわたり日展の常連として活動し、1978年には日展の審査員を務めた。1980年に75歳で没した。都路華香や、西村五雲・山口華楊に連なる晨鳥社の、京都日本画の本流に位置づけられる。
作品例
鯉
日本画
梶喜一から広がる系譜
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