ArtNote/作家/榎倉省吾
ARTIST

榎倉省吾

1901 – 1977日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 榎倉省吾の生涯 1901–1977

榎倉省吾(1901–1977)は1901年(明治34)7月15日、兵庫県加東郡(現・小野市あたり)に生まれた洋画家。働きながら絵を学び、神戸あたりの西洋画の研究所(赤松洋画研究所)に通い、のちに中井克之に学んだと伝わる。姫路の歩兵第39連隊での兵役を経て公募展に出品を始め、1928年の第15回二科展に「淡路街道」「八月の淵道」で初入選した。第21回二科展(資料により1933/1934年で揺れる)で「アメリカ村」などにより特待を受け、1930年代後半〜40年代前半に二科会の会員となった。第二次大戦後、旧・二科会の圏の作家——多くは戦時の軍需生産の美術の班でともに働いた——とともに、戦後日本の新しい美術の確立を掲げて1945年に行動美術協会を興し、その九名の創立会員の一人となった。以後、画歴の残りを通じて同会の年展・行動展にくり返し出品した。晩年の1960年代前半〜半ばごろ、東京を離れて香川県小豆島(小豆郡内海町・現在の小豆島)にアトリエを構え、オリーブ畑など地元の題材による風景・静物や、中国の情景を描く作を作った。1977年4月30日、小豆島の内海で心不全のため75歳で没した。もの派の要の作家・榎倉康二(1942–1995)の父で、これと混同すべきでない。正確な受賞の年や師は二次資料で少し揺れる。

美術運動

行動美術協会
戦後

1945年に創立された日本の在野の美術団体

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作品例

淡路街道
アメリカ村
洋画
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