ArtNote/作家/漆原英子
ARTIST

漆原英子

1929 – 2002日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 漆原英子の生涯 1929–2002

漆原英子(1929–2002)は、1950年代初めから1960年代にかけて主に東京で活動した美術家で、批評家でシュルレアリスムの唱道者・瀧口修造をめぐる戦後の前衛の圏に連なった。瀧口が若い実験的な作家の場として用いた短命ながら影響力の大きい神田の画廊・タケミヤ画廊(1951–1957)で作を発表したと記録され、その作はのちに、富山県立近代美術館の2005年の展覧会「夢の漂着物 瀧口修造コレクション」に出た瀧口の収蔵にも含まれた。コラージュを絵画・ミクストメディアと結ぶ、シュルレアリスム・抽象の語法に学んだ作で、1950年代の東京の実験的な画廊を軸とする場で頭角を現した日本の女性作家の世代に位置づけられる。栃木県立美術館で2005年に開かれ、画家・版画家・彫刻家・映画作家を含む46名の女性作家の戦後前衛への寄与を見直した大きな調査展「前衛の女性 1950-1975」にも取り上げられた。作は東京都現代美術館(MOT)の収蔵にあり、コラージュの作「イドラ」(1966年)を所蔵する。「日本の文化 戦後50年」など、戦後日本の文化を広く扱う展にも作が参照された。これらの出品・収蔵の記録を超える、生地・師・美術学校での修学・所属・受賞などの詳しい伝記は、あたった資料では裏づけられず、一部の二次的な集約に見える(欧州の生地などの)主張は信頼できないとみて記さない。生没年(1929–2002)は美術館に連なる展覧会の記述が裏づけるが、一次的な人名事典の項目とは照合できていない。

作品例

イドラ
絵画
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