熊坂兌子
熊坂兌子(1933年生)は神奈川県、とりわけ藤沢市に連なる彫刻家・版画家。日本での初期の修学の詳細はアクセスできる資料では十分に記録されないが、作家である父・熊坂充と二人展を開いたと記録され、芸術一家の背景をうかがわせる。1960年代後半から70年代にかけてアメリカで活動し、ニューヨークを拠点にプラット・グラフィックス・センターで版画(エッチング・シルクスクリーン)を学び、彫刻の助手も務めた。作はメリーランド美術大学(ボルティモア)やブルックリン美術館付属の学校の圏とも交わった。1976年にニューヨークのジャパン・ハウスで三条万里子の舞踊の舞台美術を手がけ、同年の版画展で佳作を受けた。1978年、アメリカで出会ったアメリカ人彫刻家サール・スワーツ(1912–2004)と結婚し、以後、日本とイタリア(ヴェローナ近郊、のちにピエトラサンタ)を行き来して、大理石・青銅・アルミの彫刻を、自らの版画の仕事と併せて制作した。個展・二人展に、横浜の関内画廊(1965年)、藤沢市役所(1970年)、熊坂充との東京のギャラリー岡部(1975・1977年)、ニューヨーク大学のローブ学生センター画廊(1977年)などがあり、以後も東京・藤沢・ヴェローナで1990〜2000年代まで展を開いた。彫刻「Liberazione」(1981年)はイタリア・ピエトラサンタのボッツェッティ美術館に、他の作はラサール大学美術館の収蔵にある。日本での公共の作に、藤沢の第二次大戦終結50周年を記念する平和のモニュメントがある。2023年に作を藤沢市に寄贈し、2024年に藤沢市アートスペースが、彼女とスワーツの共に歩んだ画業を見わたす二人展「La Vita」を開いた。没年は見あたらず、2023〜24年時点でなお活動していたとみられる。