ARTIST
片岡銀蔵
1896 – 1964日本 出身日本 / フランス
1850189419381982現在
■ 片岡銀蔵の生涯 1896–1964
片岡銀蔵(1896–1964)は岡山県小田郡宮山村(現・井原市)に生まれた洋画家。東京美術学校の西洋画科に入り、1921年に卒業して1922年に研究科を修めた。在学中は藤島武二に学び、画家・満谷国四郎の家に寄宿して近しい指導を受けた。1919年の第1回帝展に初出品して発表の初舞台を踏み、以後も帝展にくり返し出品した。1926年に満谷とともに中国へ渡り、1927年からおよそ二年、フランス(パリ)で学び、イタリア・ドイツも訪ねた。絵「裸婦」がパリから出品されて1928年の第9回帝展で特選を受け、帰国後の「臥裸婦」が1930年の第11回帝展でさらに特選を受けた。1937年の第1回新文展で無鑑査となった。日中戦争・太平洋戦争の間は従軍画家として軍の作戦を記録し、1945年ごろ岡山へ戻った。戦後も日展に出品を続け、1956年に洋画の団体・光風会の会員となって、没まで同会の展で活動した。作は、色豊かな裸体の習作を軸に、のちには鬼など民俗の祭りの主題を描く作も含む。1964年に没した。作は岡山県立美術館に所蔵される。
美術運動
光風会
昭和
官展系に連なる日本の洋画団体
作品例
裸婦
臥裸婦
洋画
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