ArtNote/作家/田中幸太郎
ARTIST

田中幸太郎

1901 – 1995日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 田中幸太郎の生涯 1901–1995

田中幸太郎(1901–1995)は、種データの姓から画家と取られかねないが写真家。三重県伊勢に生まれ、主に関西(大阪)で活動した。1932年に大阪でアマチュアの創作写真のグループ・稚草社の結成に加わり、戦前の関西で活動した「新興写真」やアマチュア芸術写真の広い圏に連なった。戦後の1948年から朝日新聞の出版部門で働いた。1955年からは河内地方の民俗・伝承の記録写真の研究(河内民俗記録)に打ち込み、まとまった民族誌的な写真の仕事を残した。1969年から1995年まで26年にわたり「大阪府社会保険時報」の表紙写真を担当し、同誌に長く続く視覚の顔を与えた。とりわけ、1962年ごろから始め以後の数十年に展開した、花火の光の軌跡の長時間露光による抽象のカラー写真のまとまりで最もよく知られ、光と動きを通じて抽象を探った日本の写真家の一人に位置づけられる。画歴が評価され、1978年に日本写真協会の表彰、1994年に大阪市市民文化功労賞相当の顕彰を受け、まもない1995年に没した。田中に関する記録は専門の日本の写真史の資料の外では限られ、細部の伝記を確かにするにはさらなる 資料の確認が要る。

美術運動

新興写真
昭和前期

モダニズムに立脚した日本の写真運動

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