ARTIST
田中繁吉
1898 – 1994日本 出身日本 / フランス
1850189419381982現在
■ 田中繁吉の生涯 1898–1994
田中繁吉(1898–1994)は福岡県遠賀郡芦屋生まれの洋画家。1916年に東京美術学校西洋画科へ入り、三年次から藤島武二に学んで21年に卒業した。1922年、『ロミちゃんの庭』で官展の帝展にデビューした。1926年にパリへ渡って約三年間学び、画家モイズ・キスリングの作風の影響を受けて、以後の肖像画を形づくる近代的でパリ的な感覚を吸収した。帰国後も官展に出品し、1933年に『裸婦三人』で帝展の特選を受けた。白日会の会員となり、のちに日展でも審査員・評議員を務めるなど中心的な役割を担った。帝展・日展系の洋画家が興した美術団体・創元会の創立会員でもあり、同会でも役員を務めた。とりわけ、鮮やかな紫や緑を軸にした独特の色調による、明るく上品な女性の肖像で知られた。1994年に肺炎のため96歳で没した。専門的な資料以外での記録は多くないが、経歴は複数の独立した資料で裏づけられている。
田中繁吉から広がる系譜
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