ArtNote/作家/白倉嘉入
ARTIST

白倉嘉入

Shirakura Yoshiiri
1896 – 1974日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 白倉嘉入の生涯 1896–1974

白倉嘉入(一部の資料で「白倉二歩」とも)は、1896年に新潟県新発田に生まれ1974年に没した南画(文人画)の画家。はじめ西洋画を志して石井柏亭に学んだが、のちに南画へ転じ、まず田近竹邨に学び、続いて明治末から昭和初期の代表的な南画家・小室翠雲(1874–1945)に師事した。翠雲の指導のもと、近代化した文人の墨画の手法を築いた。第1回帝展に選ばれ、以後も官展に出品して、第11回・第15回帝展で特選を受け、のちに同展の審査員も務めた。日本南画院の創立会員となり、日本南画院展と大東南宗院展の双方の審査員を務めて、当時の南画の世界で指導的な役を担った。円熟期は主に京都を拠点とした。1941年、のちに多色メゾチントで国際的に名高くなる版画家・浜口陽三(1909–2000)を墨画の弟子に取り、浜口は世界的な名声を得た後もこの入門を自らの経歴に挙げ続けた。戦前は相当の名声を得たが、没後は作が散逸して比較的忘れられ、2024年に枚方の天門美術館で回顧展が開かれ、2026年には東京のミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションで浜口と組む二人展「浜口陽三と白倉嘉入 あふれる光」が開かれた。

美術運動

日本南画院
大正・昭和

南画の復興を進めた日本の団体

白倉嘉入から広がる系譜

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