ARTIST
石井利秋
1911 – 2001日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 石井利秋の生涯 1911–2001
石井利秋(1911–2001)は、九州北部の筑豊炭田の地・福岡県田川市に、明治から大正への変わり目に生まれた油彩画家。十四歳で三井田川の炭鉱の坑内で働き始め、1964年の閉山まで、絵と肉体労働を並行して追いながら炭鉱の町に暮らし続けた。1969年ごろ新会員として加わった抽象志向のモダンアート協会の会員として活動し、初期は同会の抽象の傾向に沿って形と色による表現を探った。だが次第に、自ら知る炭鉱の暮らしの具象・写実の描写へと決然と向かい、一部の同時代人の批判を受けながらも三十年余りこれを貫いた。「炭鉱(たんこう)」の連作は、坑夫の労働、休憩に憩い語らう人々、坑口で父を待つ子どもたち、炭鉱の災害の人的な犠牲を、彼の代名詞となった独特の緑青(ろくしょう)色で、炭鉱の暮らしの喜びと悲しみの双方を伝えて描いた。「ヤマ(炭鉱集落)の最後の画家」と評され、独学の坑夫の画家・山本作兵衛を見過ごさなかった点でも地元の作家のなかで際立つ。作は田川市美術館が所蔵・展示し、同館は回顧展「炭鉱と画家III 石井利秋の炭鉱」(2008年)を開き、1994年の絵「ボタ山に花を捧ぐ」を2024年の展「炭鉱ヒアアフター」に出した。アートプラットフォームジャパン/東京文化財研究所の日本アーティスト事典にも載る。
美術運動
モダンアート協会
戦後
戦後日本の抽象・モダニズムの美術団体
作品例
炭鉱
ボタ山に花を捧ぐ
洋画
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