ARTIST
紫紅会
日本 出身日本
紫紅会は個人ではなく、明治末の東京で活動した短命の日本画(日本画)の研究の集まり。1898年、若い画家・安田靫彦(1884–1978)が、歴史画の画家・小堀鞆音に学び始めてまもなく、同門の磯田長秋・小山栄達とともに興した。若い日本画の学生が、歴史・古典を主題とする絵を互いに批評し磨く、私的な研究の会として働いた。1900年、画家・今村紫紅(1880–1916)がこの会と出会い、安田と生涯の親交を結んで、自らの同輩数名とともに加わった。会の名「紫紅会」が紫紅の号と重なるため、混同を避け、会員が画業への新たな決意を示す意味も込めて、会は「紅児会」(紅の児の会)と改称された。紅児会の名のもと、1902年7月に東京・日本橋の常磐木倶楽部で初の公開展を開き、小林古径・前田青邨・速水御舟らが加わって影響力ある団体に育った。紅児会は解散する1913年までに十九回の展を開き、以後は会員の多くが活動を再興された日本美術院(日本美術院)へ移した。すなわち「紫紅会」は、より詳しく記録された紅児会へ変わる前の、1898〜1900年のこの名の下の短い存在を指し、この創立期を超える独立の作・出品の記録は「紫紅会」そのものには帰されない。
紫紅会から広がる系譜
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