ArtNote/作家/赤堀信平
ARTIST

赤堀信平

1899 – 1992日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 赤堀信平の生涯 1899–1992

赤堀信平(1899–1992)は現在の福島県いわき市生まれの彫刻家。はじめ太平洋美術学校に学び、次いで東京美術学校彫刻科へ進んで、当時の代表的なアカデミックな彫刻家・朝倉文夫に師事し、1925年に卒業した。在学中の1921年、『御灯』で官展の帝展にデビューした。以後も帝展に出品を重ね、『地に立ちて』(1925年、第6回帝展)、『大地を行く』(1926年、第7回帝展)、『空』(1927年、第8回帝展)と三年連続で特選を受け、朝倉の系譜に立つ新進の彫刻家として名を上げた。戦後は帝展の後継である日展に属し、会員・評議員、のちに参与を歴任し、彫刻部の審査員にたびたび招かれた。とりわけ肖像彫刻に長け、1955年に国会議事堂・衆議院の玄関に据えられた政治家・尾崎咢堂(尾崎行雄)の胸像などの公共作品で知られる。帝展・日展にまたがる、自然主義的でアカデミックな写実の肖像・具象彫刻を通じて、朝倉派に連なる保守的・写実的な近代日本彫刻の一筋を担った。1992年に没した。

作品例

彫刻ブロンズ

赤堀信平から広がる系譜

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