ARTIST
鈴木良三
1898 – 1996日本 出身日本 / フランス
1800185719131970現在
■ 鈴木良三の生涯 1898–1996
鈴木良三(1898–1996)は茨城県水戸生まれの洋画家。水戸の病院長・鈴木連平の三男。旧制水戸中学を出て、1917年に東京慈恵会医科大学へ入った。医学を学ぶかたわら、同郷で家と親しかった画家・中村彝に絵を学び、東京の川端画学校でも研鑽した。1922年の医学校卒業とともに画家の集団・槐土社の結成に加わり、同年、『秋立つ頃』で官展の帝展に初入選した。以後、『まどろみ』『硝子風景』などを帝展に出した。1928年から30年までフランスに学んだ。1936年、有島生馬・石井柏亭・安井曾太郎らが興した在野の団体・一水会に加わり、『手術』『若き母』(後者は団体賞)などを出した。太平洋戦争中の1943年、従軍画家としてビルマへ派遣された。戦後も一水会と改組日展に出品を続け、のちに日展の審査員を務めた。1996年に肺炎のため98歳で没した。医学の素養が人物画の的確な解剖学的表現に生きたとしばしば言われる。
鈴木良三から広がる系譜
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