ArtNote/作家/錦光山宗兵衛, 七代
ARTIST

錦光山宗兵衛, 七代

1868 – 1927日本 出身京都(粟田)
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■ 錦光山宗兵衛, 七代の生涯 1868–1927

七代錦光山宗兵衛(本名・小林宗兵衛)は慶応4年(1868年)京都粟田に生まれ、明治17年(1884年)16歳で父・六代の死去に伴い家業の粟田焼窯元を継承した。輸出用陶磁器「京薩摩」の色絵金襴手技法を発展させ、「錦光山」銘の作品を欧米へ広く輸出し、同窯を京薩摩最大手の一つに育てた。1900年のパリ万国博覧会でアール・ヌーヴォー様式の技術的先進性を目の当たりにし、以後図案・製法の改良に注力。1896年頃には陶磁器試験場や伝習所の設立に関わり、洋画家・浅井忠らと図案研究団体「遊陶園」を共同で組織した。功績により緑綬褒章を受章。昭和2年(1927年)6月20日、60歳で死去し、これに伴い窯は約300年に及ぶ操業の歴史を終えた。

美術運動

京薩摩・京焼(明治期輸出陶磁)
明治~大正期

欧米向け輸出を主眼とした京都粟田焼の色絵金襴手様式で、七代錦光山宗兵衛のもとでアール・ヌーヴォー等西洋様式を取り入れた図案改良が進められた。

作品例

花蝶図大鉢
京薩摩(陶磁器)色絵金襴手陶器陶製七宝

錦光山宗兵衛, 七代から広がる系譜

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錦光山宗兵衛(六代)
–1884
父・先代
錦光山和雄
子孫・伝記著者

同時代の作家

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