ARTIST
香取正彦
Katori Masahiko
1899 – 1988日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 香取正彦の生涯 1899–1988
香取正彦(1899–1988)は梵鐘(寺の鐘)で名高い鋳金家で、梵鐘鋳造の分野で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。1899年1月15日に東京・小石川に、名高い鋳金家で歌人の香取秀真の長男として生まれ、父から家の技を学んだ。東京美術学校鋳造部で津田信夫に学び、1925年に卒業した。同年、ブロンズの花瓶『苺唐草文花器』をパリの現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)に出品して銅賞を受けた。戦時の破壊と金属供出で数多くの梵鐘が失われたことに深く心を痛め、1949年から父とともに平和を祈る鐘を鋳造し始め、生涯で150を超える鐘を制作して、その歩みを『鐘百選』の著書に記した。米サンディエゴ市へ贈られた友好の鐘や、広島平和記念公園で今も撞かれる広島平和の鐘(1967年)などが代表作。1953年に日本芸術院賞、77年に梵鐘鋳造で人間国宝、87年に日本芸術院会員となった。主に東京で活動し、1988年11月19日に89歳で没した。
作品例
広島平和の鐘
鋳金梵鐘金工
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