ArtNote/作家/未来派美術協会
ARTIST

未来派美術協会

Futurist Art Association (Japan)
日本 出身日本

未来派美術協会は個人ではなく、大正期の日本の短命の前衛美術のグループである。1920年9月、画家・普門暁を中心に木下秀一郎らとともに東京で結成され、同月に東京・銀座の玉樹屋で第1回展を、続いて大阪でも展を開いた。第1回の出品者には普門・伊藤順三・中村善雄・木下らがいた。名に反して、マリネッティの1909年の宣言に定義されるイタリア未来派への厳密な理論的な傾倒はなく、当時の日本に流通した幾つかの「新芸術」の傾向の一つとして、未来派やそれに連なる欧州の前衛の語彙を緩やかに取り込んだ。1921年にはロシアから亡命した未来派の画家ダヴィド・ブルリュークやヴィクトル・パリモフが加わり、未来派を日本の観客に紹介する公開講演も開いて、日本の前衛美術運動の萌芽に先駆的な役を果たした。第3回展からは「三科インデペンデント」の名で活動し、既成の二科会に対抗する姿勢を示した。1923年ごろに解散し、会員は後継の分派に散った。とりわけ柳瀬正夢・尾形亀之助らは、1923年6月に村山知義とマヴォの結成に加わった。集団であるため個人の生没年や伝記はあてはまらず、1920年・1923年は結成と解散を指す。

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