ARTIST
帆足杏雨
HOASHI Kyou
1810 – 1884日本 出身大分(豊後) / 京都
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■ 帆足杏雨の生涯 1810–1884
帆足杏雨(ほあし きょうう、1810-1884)は、豊後国大分郡戸次村(現・大分県大分市)出身の南画家。庄屋の四男として生まれ、15歳で田能村竹田の画塾「竹田荘」に入門し、広瀬淡窓の咸宜園でも学んだ。竹田門下の重鎮として浦上春琴らの影響も受け、竹田の正統を継承しつつ独自の山水画様式を確立した。後に京都に移り、多くの文人と交流。弘化年間には宮中の御用も務め、1873年(明治6年)のウィーン万国博覧会にも出品したとされる。70歳で右眼を失明したが晩年まで制作を続け、75歳で没した。門人に小栗風岳、加悦寅山らがいる。江戸末期から明治期にかけて活躍した最後期の文人画家の一人とされる。
美術運動
南画(文人画)
江戸時代末期~明治時代
田能村竹田を中心とする豊後南画の系譜に属し、竹田没後にその画系を最も正統に継承したとされる画家。
作品例
夏山水図
秋景山水図
南画山水画文人画
帆足杏雨から広がる系譜
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同時代の作家
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