ARTIST
狩野山楽
Kano Sanraku
1559 – 1635日本 出身日本
15001550160016501700
■ 狩野山楽の生涯 1559–1635
狩野山楽は安土桃山〜江戸初期に活躍した絵師で、京都に残った狩野派(京狩野)の祖とされる。もとは近江の浅井家家臣・木村家の出身で、豊臣秀吉に才を見いだされ狩野永徳の門下に入り、のちに養子格として「狩野」姓を許された。永徳ゆずりの力強い構図と華やかな金碧障壁画を得意とし、桃山の豪壮な装飾画を江戸初期へ伝えた。代表作に大覚寺の障壁画「牡丹図」などがある。狩野探幽ら江戸狩野が幕府お抱えで栄える一方、山楽は京都にとどまり京狩野の系譜を築いた。
美術運動
狩野派(京狩野)
16世紀末-17世紀前半
幕府や有力者に仕えた日本最大の絵師集団。山楽は京都に残り京狩野の祖となった。
作品例
大覚寺障壁画(牡丹図ほか)
障壁画金碧画屏風
狩野山楽から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
同時代の作家
狩
長
俵
狩野永徳
1543–1590
師、狩野派の総帥長谷川等伯
1539–1610
桃山期のライバル絵師海
本
海北友松
1533–1615
同時代の障壁画家本阿弥光悦
1558–1637
ほぼ同年生まれの芸術家俵屋宗達
同時代の京の絵師
狩野山楽の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
誤りを報告する