ARTIST
狩野友信
KANO Tomonobu
1843 – 1912日本 出身江戸・東京
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■ 狩野友信の生涯 1843–1912
狩野友信(かのう とものぶ、1843-1912)は、江戸築地生まれの日本画家。号は春川・一青斎。御用絵師浜町狩野家に生まれ、1854年より従兄弟にあたる狩野勝川院雅信の絵所で7年間修業した、江戸狩野派最後期の絵師の一人。1881年に東京大学予備門助教諭となり画学を教え、この頃アーネスト・フェノロサと知り合い、狩野派の画法・古画鑑定法を伝授するとともに狩野永悳や狩野芳崖を紹介するなど、フェノロサの日本美術研究を助けた。1887年の東京美術学校改称に伴い図画教授方嘱託となり運営に尽力、1891年に助教授、1896年まで教鞭を執った。教え子に大村西崖、白井雨山、島田佳矣らがおり、ヘレン・ハイドら外国人にも狩野派の技法を教えた。晩年は東京聾唖学校教諭を務め、1912年に没した。
美術運動
狩野派(江戸狩野・木挽町系)
幕末〜明治
御用絵師浜町狩野家出身、勝川院雅信門下の江戸狩野派絵師で、東京美術学校創設期に日本画教育に携わった
作品例
紅葉に青鳩図
日本画狩野派絵画
狩野友信から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
大
大村西崖
1868–1927
教え子白
白井雨山
教え子
島
島田佳矣
教え子
狩
狩野勝川院雅信
1823–1880
師(従兄弟)同時代の作家
狩
狩野芳崖
1828–1888
フェノロサに紹介された江戸狩野派の絵師狩
狩野永悳
1815–1891
フェノロサに紹介された狩野派絵師ア
アーネスト・フェノロサ
1853–1908
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