ArtNote/作家/石川欽一郎
ARTIST

石川欽一郎

Ishikawa Kin'ichirō
1871 – 1945日本 出身静岡 / 東京 / 台湾(台北)
18001850190019502000
■ 石川欽一郎の生涯 1871–1945

石川欽一郎(いしかわ きんいちろう、1871年8月8日-1945年9月10日)は静岡県出身の水彩画家・美術教育者。イギリス人水彩画家アルフレッド・イーストとの交流を機に水彩画に傾倒し、独学的に画技を深めた。1907年に陸軍通訳官として台湾に渡り、以後前後約18年にわたり台北の国語学校・台北師範学校などで美術教師を務め、台湾における西洋美術教育の先駆者となった。台湾美術展覧会(台展)の開設を提唱し審査員も務めるなど、台湾近代美術の制度形成に大きく寄与した。門下には黄土水、陳澄波、李石樵、李梅樹、廖継春らがおり、台湾近代美術の「恩人」と称される。日本国内でも水彩画団体の活動に関わり、風景を主題とした平明な水彩表現で知られる。1945年、日本で没した。

美術運動

台湾近代西洋美術(台展系)
明治末期~昭和初期

台湾における西洋画・水彩画教育の導入と、台湾美術展覧会(台展)創設を通じて台湾近代美術の基盤を形成した動向。

石川欽一郎から広がる系譜

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陳澄波
1895–1947
門下生
黄土水
1895–1930
門下生
李石樵
1908–1995
門下生
李梅樹
1902–1983
門下生
廖継春
1902–1976
門下生

同時代の作家

アルフレッド・イースト
1849–1913
水彩画への関心を石川に与えた交流相手
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