ArtNote/作家/田辺至
ARTIST

田辺至

TANABE Itaru
1886 – 1968日本 出身東京 / 鎌倉 / ヨーロッパ(フランス等、大正期の在外研究)
1800185719131970現在
■ 田辺至の生涯 1886–1968

田辺至(たなべ いたる、1886-1968)は大正・昭和期に活動した洋画家。1886年(明治19年)12月、東京・神田に生まれる。哲学者・田辺元の弟。東京美術学校西洋画科に入学し黒田清輝に師事、1910年(明治43年)卒業。1919年同校助教授となり、1922年から文部省在外研究員としてヨーロッパ諸国を歴遊、1924年帰国。1926年第8回帝展で「裸体」により帝国美術院賞受賞。1928年東京美術学校教授に任命され、1944年まで在任。1934年には帝展系の同志らと白潮会を結成し、戦後は特定団体に属さず独立の立場を保った。油彩画のほか早くから銅版画(エッチング)にも取り組み、日本エッチング作家協会初代会長を務めた。1968年1月、鎌倉の自宅で脳卒中のため死去、享年81。

美術運動

帝展(帝国美術院展覧会)/白潮会
大正-昭和期

東京美術学校で黒田清輝に師事し、帝展を中心に活動。1934年(昭和9年)に帝展第二部審査員級の同志と白潮会を結成。戦後は特定団体に属さず独立の立場を保った。

作品例

裸体
油彩画銅版画(エッチング)

田辺至から広がる系譜

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同時代の作家

黒田清輝
1866–1924
田辺元
1885–1962
兄(哲学者)
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