ARTIST
内田九一
Uchida Kuichi
1844 – 1875日本 出身長崎 / 大阪 / 東京(浅草)
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■ 内田九一の生涯 1844–1875
内田九一(うちだくいち、1844-1875)は、幕末から明治初期に活躍した写真師。肥前長崎の万屋町に生まれ、早くに両親を失い伯父の医師吉雄圭斎に育てられた。長崎の医学伝習所でポンペ・ファン・メールデルフォールトに化学を学び、福岡藩士前田玄造らから湿板写真術を習得、上野彦馬のもとでも技術を磨いた。1865年頃に森田礼造と大坂に写真館を開業し、のち横浜馬車道、さらに1869年に東京浅草へ移転して大成功を収めた。1872年と1873年、宮内省の命により明治天皇・皇后の御尊影を撮影し、天皇を写した史上初の公式写真として知られる。西国・九州巡幸にも随行して記録写真を残した。1875年、肺結核により32歳で死去した。
美術運動
幕末・明治初期の写真師(湿板写真時代)
1860年代~1870年代
コロジオン湿板法による肖像写真が主流であった幕末から明治初期の日本において、上野彦馬・下岡蓮杖らとともに写真術の普及と職業写真師の確立に貢献した世代。
作品例
明治天皇御尊影(御真影)
皇后美子御尊影
西国・九州巡幸写真
写真(肖像写真)湿板写真
内田九一から広がる系譜
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同時代の作家
上
下
上野彦馬
1838–1904
長崎で写真術を学んだ師にあたる人物で、幕末明治の代表的写真師下岡蓮杖
1823–1914
横浜で活動した同時代の代表的写真師前
前田玄造
内田に湿板写真術を伝えた福岡藩士
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