ArtNote/作家/山内愚仙
ARTIST

山内愚仙

YAMANOUCHI Gusen
1866 – 1927日本 出身大阪 / 京都 / 江戸(東京)
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■ 山内愚仙の生涯 1866–1927

山内愚僊(やまのうち・ぐせん、1866-1927)は慶応2年江戸生まれの洋画家。本名は真郎(貞郎)とも伝わる。高橋由一、五姓田芳柳、渡辺文三郎に西洋画法を学び、明治22年(1889)頃、西村天囚らとともに京都を経て大阪に移住、大阪朝日新聞社に挿絵画家として入社した。明治25年(1892)に松原三五郎と大阪で洋画展を開催し、明治27年(1894)には松原とともに関西美術会(第1次)を結成、明治34年(1901)には京都で関西美術会(第3次)を組織し、同年の関西美術会第1回批評会では牧野克次と並んで1等賞を受賞した。大阪に本格的な洋画をもたらした先駆者の一人として知られ、後進の松原三五郎、赤松麟作らへと続く大阪洋画壇の礎を築いた。昭和2年(1927)、62歳で死去。

美術運動

関西美術会
明治期

松原三五郎らと結成した大阪・京都の洋画団体で、関西における本格的な西洋画普及の礎となった。

作品例

朝妻舟
長閑
渓谷釣人図
油彩画挿絵洋画

山内愚仙から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
松原三五郎
1864–1946
関西美術会結成の共同者
西
西村天囚
1865–1924
共に関西へ移り大阪朝日新聞社に入った人物
渡辺文三郎
西洋画法を教えた師

同時代の作家

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