ArtNote/作家/吉嗣拝山
ARTIST

吉嗣拝山

Yoshitsugu Haizan
1846 – 1915日本 出身福岡県(筑前・太宰府) / 京都 / 上海(中国)
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■ 吉嗣拝山の生涯 1846–1915

吉嗣拝山(よしつぐ・はいざん、1846-1915)は筑前国(現・福岡県太宰府市)出身の南画家。本名は達。大宰府の町絵師であった父・吉嗣梅仙のもとに生まれ、広瀬淡窓の咸宜園で漢学を修めた後、京都で中西耕石に師事して文人画を学んだ。山水画を得意とし、とりわけ芦雁図で高い評価を得た。明治初期、災害により右腕を失い左手で揮毫するようになったことから「左手拝山」と呼ばれ、自らの右腕の骨で作った骨筆を携えて中国・上海に渡り「左手の文人」として評判を得たという逸話が伝わる。信州の児玉果亭、愛知の山本梅荘とともに「地方南画家の三傑」と称され、福岡・太宰府画壇の中心的存在として多くの弟子を育てた。1915年(大正4年)1月11日、70歳で没した。作品は福岡県立美術館、静岡県立美術館などに所蔵されている。

美術運動

南画(文人画)
明治期

中国由来の文人画・南画の伝統を継承し、児玉果亭(信州)・山本梅荘(愛知)と並び「地方南画家の三傑」と称された。

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作品例

芦雁図
南画水墨画山水画

吉嗣拝山から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
吉嗣梅仙
父(大宰府の町絵師)
藤瀬鑑村
弟子
森田道山
弟子

同時代の作家

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