抽象表現主義
抽象表現主義は、第二次世界大戦後のニューヨークに現れた絵画の動向である。それまで近代美術の中心はパリだったが、戦火を逃れた芸術家が多くアメリカへ渡ったこと、戦後のアメリカが経済的・文化的な自信を強めたことが重なり、美術の重心が大西洋を越えた。この運動は、その移動を象徴する出来事として語られる。
共通しているのは、画面を大きく取り、描く行為そのものの痕跡を残し、具体的な事物を描かないという姿勢である。ただし内実は一様ではない。絵具を床に広げたカンヴァスへ滴らせるポロックのように、身体の動きが画面にそのまま記録される方向と、大きな色面を静かに重ねて瞑想的な空間をつくるロスコやニューマンのような方向とがある。前者はアクション・ペインティング、後者はカラーフィールドと呼び分けられることが多い。デ・クーニングのように、抽象と人体像のあいだを行き来しつづけた画家もいる。地塗りをしない布に薄めた絵具を染み込ませるフランケンサーラーの方法は、筆触を消して色そのものを画面に定着させる道を開き、次の世代の色面絵画へ引き継がれた。夫や同僚の名前で語られがちだったクラスナーの仕事も、近年は独立した達成として見直されている。
背景には、シュルレアリスムの自動記述から受け継いだ「意識が介入する前の身振り」への関心があり、そこにヨーロッパの抽象絵画の蓄積が接続された。戦争の記憶を前に、具体的な形象では語れないものを扱おうとした、という読み方もされる。この動向が短期間で権威を得た背景には、批評家の役割も大きい。描く行為そのものを事件として論じる立場と、絵画は平面であることに徹すべきだとする立場が並び立ち、同じ作品が異なる言葉で価値づけられていった。
この動向は、絵画を「窓のなかの光景」から「観る者の前に立つ物」へと変えた。大画面は美術館で対峙したときに初めて意味を持つので、可能なら実物を、少し近づいて視界が絵で埋まる距離から見てほしい。何が描かれているかを探すのをやめた瞬間に見え方が変わる、というのがこの絵画の作法である。