アルテ・ポーヴェラ
石、麻布、鉛、新聞紙、生木の枝。ミラノやトリノの画廊に、こうした素材がそのままの姿で運び込まれた時期がある。ジョヴァンニ・アンセルモは一個の花崗岩に生のレタスを挟んで、野菜がしおれるまでの数日間だけ石が支えを失わずにいる装置を作った。ジャンニス・クネリスは画廊の壁際に生きた馬を数頭つないだ。絵の具でも大理石でもない、加工される前の物質そのものが作品になった瞬間である。
この動きが起きた一九六〇年代のイタリアは、戦後復興から高度経済成長へと駆け上がり、工場と消費財が国土を覆っていく時代だった。批評家ジェルマーノ・チェラントは、こうした産業社会の豊かさに背を向け、貧しく単純な素材を用いる作家たちをまとめて「アルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)」と呼んだ。貧しいのは素材であって発想ではない。むしろ大理石や神話を扱ってきた古代以来のイタリア美術の伝統を、工業製品ではない原初的な物質に読み替える試みだった。ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートが同時代のアメリカで展開していたことも、この運動を国際的な文脈に置く背景となっている。
ジュゼッペ・ペノーネは木の幹を彫り込み、内部に眠っていた若木の姿を掘り出してみせた。成長という時間そのものを彫刻にする手つきである。マリオ・メルツは金属の骨組みでイグルー(遊牧民の仮設住居を思わせる半球状の構造物)を作り、ネオン管で数列を這わせた。ミケランジェロ・ピストレットは鏡面のステンレスに実物大の人物を貼り付け、見る者自身の姿を作品に取り込んだ。いずれも、完成された造形物を眺めるという従来の鑑賞体験を崩し、素材の生々しさや時間の経過、観客の存在までも作品の一部に組み込んでいる点で共通する。
この運動が開いた地平は、素材そのものを主役に据える発想として、後のインスタレーションや今日の現代美術における自然素材の使用にまで及んでいる。展示室で作品を見るときは、完成度の高さよりも、その物質がどこから来てどう朽ちていくのかという時間の流れに目を向けるとよい。石の重さ、木の匂い、金属の冷たさを確かめること自体が、この運動を体験する近道になる。