キュビスム
キュビスムは、一九〇七年ごろのパリで始まった絵画の実験である。ひとつの対象を単一の視点から描くのをやめ、複数の角度から見た面を同じ画面に併置した。ルネサンス以来、西洋絵画の前提だった「一点から見た空間」を正面から手放した点で、近代美術のなかでも特に断絶が大きい。名称そのものは、ブラックの風景画を「小さな立方体の寄せ集め」と評した批評家の言葉に由来する。当初は揶揄だったものが、そのまま運動の名として定着した。
出発点にはセザンヌの絵画がある。自然を円筒や球として捉えようとした彼の探究が、対象を面の集合として組み直す発想につながった。アフリカやオセアニアの彫刻がパリで注目されたことも、人体を写実から解放する後押しになっている。ピカソとブラックはほぼ共同で作業を進め、一時期は互いの作品の区別が難しいほど接近した。少し遅れてフアン・グリスが加わり、より整理された構成でこの方法を展開している。
展開は二段階で語られることが多い。初期は対象を細かな面へ解体し、色数を抑えて画面を組み立てる。分析的キュビスムと呼ばれるこの段階では、画面はしばしば茶や灰の単色に近づき、何が描かれているのかは容易には読み取れない。続く総合的キュビスムの段階では、新聞紙や壁紙を貼り込むコラージュが導入され、絵具以外の物質が絵画に入ってきた。この「画面に現実の断片を貼る」という発明は、以後の美術に広く波及していく。
ピカソとブラックが画商を通じて限られた場で発表していた一方、公募展に出品する画家たちがこの方法を取り上げ、解説書を著したことで、キュビスムは短期間で広い範囲に知られるようになった。運動が理論を伴って伝播した早い例でもある。キュビスムは短期間で終わったが、その影響は長い。構成主義や未来派、抽象絵画への道はここを通っており、建築やデザインにも及んだ。作品を見るときは、何が描かれているかを当てようとするより、ひとつの物の別々の面が同時に見えていることを確かめるとよい。ぐるりと回り込んで見た記憶を一枚に畳み込む、という理解のしかたが、この絵画にはよく合う。