印象派
印象派は、一八六〇年代のフランスに現れた絵画の運動である。彼らがしたことを一言でいえば、絵の主題を「何を描くか」から「どう見えるか」へ移したことだった。それまでのアカデミーの絵画は、歴史や神話といった格の高い主題を、アトリエのなかで入念に仕上げるものだった。印象派の画家たちは戸外に出て、目の前の光景が刻々と変わっていく、その一瞬の見え方そのものを画面に留めようとした。
この転換にはいくつかの条件が重なっている。チューブ入り絵具の普及で絵具を屋外へ持ち出せるようになったこと、鉄道が郊外への日帰りを可能にしたこと、写真の登場が「記録する絵画」の役割を揺るがしたこと。加えて、輪郭線を強く引き、影を色面で表す浮世絵の構図が、西欧の遠近法とは別のやり方があることを示した。制度の側にも事情があった。官展の審査は保守的で、落選した作品を集めた展覧会が話題を呼ぶなど、発表の場そのものが問い直されつつあった。
一八七四年、彼らは官展とは別に自分たちで展覧会を開く。そこに出品されたモネの《印象・日の出》を批評家が揶揄して呼んだ「印象主義」が、そのまま運動の名になった。この展覧会は以後およそ十二年のあいだに八回開かれている。モネは同じ場所を時刻と季節を変えて繰り返し描く連作という方法をとり、ルノワールは都市の人々の集まりに、ドガは劇場や踊り子の一瞬の姿に関心を向けた。ピサロは農村の生活を描き続け、若い画家たちの相談役でもあった。ベルト・モリゾやメアリー・カサットは、当時の女性が入りにくかった街の盛り場ではなく、家庭の室内や庭という手の届く場所を主題に選んでいる。それぞれ描くものは違うが、素早い筆触を画面に残したまま仕上げる点で共通している。
印象派は絵の「完成」の基準を変えた。筆の跡が見えることは未熟さではなく、画家がその場で感じ取ったことの記録になった。この考え方が、続くポスト印象派から二十世紀の抽象へと向かう道を開いている。実物を前にしたときは、少し離れて全体を見てから近づいてみるとよい。近くではただの色の斑点が、離れると空気や水面に変わる瞬間が、この絵画のいちばんの見どころである。