ランド・アート
ユタ州グレートソルト湖の岸辺に、渦を巻きながら水中へ消えていく黒い石の道がある。ロバート・スミッソンが一九七〇年に築いた「螺旋の防波堤」だ。全長四百五十メートル余りのこの作品は、美術館に運び込むことも、壁に掛けることもできない。見るためには現地まで足を運ぶしかなく、しかも湖の水位によって沈んだり現れたりする。作品が完成した瞬間から風化と浸食にさらされ、姿を変え続けることを、作家自身が制作の条件として受け入れていた。
この運動が壊したのは、美術作品は画廊や美術館という囲われた空間の中で、劣化しない素材によって、売買される単位として存在するという前提だった。マイケル・ハイザーはネバダの砂漠に巨大な溝を掘り、ウォルター・デ・マリアはニューメキシコの平原に四百本の金属の棒を突き立てて雷を待った。土地そのものを素材とし、大地の広さと時間の流れを作品の一部に組み込んだのである。背景には、当時のアメリカで力を持っていたミニマル・アートの単純な形態への関心と、公民権運動やベトナム反戦運動と並走する形で広がった環境問題への意識があった。都市の画廊経済から距離を置きたいという作家たちの反発も、後押しとなっている。
作家ごとの手つきの違いも見逃せない。クリストとジャンヌ=クロードは海岸線や建築物を布で包み、期間限定で景観を変えてから跡形もなく撤去した。アナ・メンディエタは自らの体の輪郭を土や炎で大地に刻み、痕跡として残る生の記憶を扱った。リチャード・ロングは歩くという行為そのものを作品とし、草原に残る足跡だけを写真に収めた。日本では川俣正が仮設の木材構造物を都市の隙間に組み上げ、杭谷一東は石という土地の記憶を彫り続けている。
現存する作品の多くは僻地にあり、実物を見ることは今も難しい。展示室で私たちが目にするのは、多くの場合、当時撮られた写真や地図、記録映像である。そこで問われているのは、写真という平面が伝えられる情報と、土地に立たなければ体感できない情報との間の距離であり、この運動を鑑賞するときの勘所もそこにある。後の美術における、恒久性を前提としないインスタレーションやサイトスペシフィックな表現の広がりは、この時代の実験に多くを負っている。